大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本家庭裁判所 昭和53年(家)151号 審判

申立人 小山田正枝

相手方 小山田忠

主文

福岡高等裁判所昭和四八年(ラ)第五六号一審申立人(本件申立人)、一審相手方(本件相手方)間の婚姻費用分担抗告事件決定の主文中、一審相手方は一審申立人に対し「昭和四八年八月から婚姻解消に至るまで月額五万九、九八〇円を各月末までにそれぞれ支払え」とある部分を「昭和四八年八月から昭和五一年一〇月四日まで月額五万九、九八〇円を、昭和五一年一〇月五日から婚姻解消に至るまで月額一四万六、六三〇円を各月末までに(但しすでに期限の到来した分については、前決定に基き履行済分あるときはこれを差引いた差額を即時に)それぞれ支払え」と変更する。

理由

(本件申立の趣旨及び実情)

申立人は、本件当事者間の福岡高等裁判所昭和四八年(ラ)第五六号婚姻費用分担抗告事件の決定(以下単に前決定という)によつて定められた相手方の申立人に対する昭和四八年八月以降の婚姻費用分担額につき、昭和四九年二月分から相当額の増額をする旨の審判を求め、その実情として、

昭和四八年八月一五日前決定によつて、相手方は申立人に対し、昭和四八年八月から月額五万九、九八〇円を支払えと命じているが、当時相手方は休職中であつたところ、昭和四九年二月に○○○○株式会社に復職し、高額の収入を得られるようになつたこと、一方申立人側は長女、長男がそれぞれ小学校、幼稚園に入学し出費が増加したこと、更に又著しい物価の高騰があつたこと等、前決定の前提となつた当時者双方の事情が変更した。

よつて前決定について、相当額の増額を求めると述べた。

(審理の経過)

本件は昭和五一年一〇月五日調停事件として申立てられ、同月一九日及び同年一二月二三日の二回調停期日を開いた上調査官の調査に付したが、その結果申立人と相手方の確執は深刻で到底調停の成立は望めないことが明らかになつたので、昭和五三年二月一〇日調停不成立として審判に移行したものである。

(当裁判所の判断)

一  当事者間の紛争の概況及び前決定の内容等

本件記録編綴の各資料及び調査の結果によれば次の事実が認められる。

(1)  申立人と相手方は昭和四四年一〇月二七日婚姻し、長女美枝(昭和四五年八月一九日生)。長男一郎(昭和四七年一二月一日生)をもうけたが、申立人が妥協性を欠く性格であることや、相手方が母および兄夫婦からの申立人に対する不平不満を盲信し、自から進んで妻と母及び兄夫婦らの調整を計ろうとする努力に欠けたこと等が原因して、夫婦間の破綻を生じ、昭和四七年六月二四日夫婦喧嘩の末相手方は家を出て実家(相手方の母の許)に帰り、それ以来申立人は長女、長男を伴つて相手方と別居中である。又相手方は昭和四八年に申立人に対して離婚訴訟を提起し、右訴訟は現在熊本地方裁判所に係属中で当事者双方がはげしく争いまだ結審に至つていない。

(2)  前決定に至る経過、内容等

相手方は別居後、申立人に対して次第に生活費を送らなくなり、昭和四七年一二月以降は全然送金しなくなつた。そこで申立人は相手方に対して婚姻費用分担金請求事件(当庁昭和四八年(家)第一二一号)の申立をし、昭和四八年四月二一日当裁判所において審判がなされ、これに対して双方からの即時抗告の申立があり、福岡高等裁判所において、昭和四八年八月一五日「原審判を左のとおり変更する。一審相手方(本件相手方)は一審申立人(本件申立人)に対し、金三七万五、四五〇円を直ちに、昭和四八年八月から婚姻解消に至るまで月額金五万九、九八〇円を各月末までに、それぞれ支払え」。との前決定がなされた。

しかしながら相手方は、昭和四九年二月に三万五、〇〇〇円をそれ以後は毎月五万円宛を支払つているが完全な履行をしていない。

二  そこで、本件記録編綴の各資料及び調査官の調査の結果にもとずき、必要な事実を認定しながら、前決定によつて定められた分担金が現在においても相当であるかについて検討する。

(1)  相手方の収入について

相手方は昭和四五年一月一日東京都所在の○○○○株式会社に入社し、二等航海士として遠洋航海の勤務についていたものであるが、申立人と別居後の昭和四八年一月一六日から、前記離婚訴訟提起のため休職し、前決定当時は、まだ休職中で無収入であつた。しかし昭和四九年二月に復職するに至り、その後はかなり高額の収入を得るようになつて、本件増額調停の申立があつた昭和五一年一〇月から昭和五二年九月までの一年間に前記会社から俸給として三八六万一、三八四円の支給を受け、そのうちから所得税、保険料、組合費、クラブ費の合計四七万七、六二五円を控除した三三八万三、七五九円が手取年収で、月額平均二八万一、九八〇円の手取収入を得ている。ところで相手方は外国航路の船員でその職種の形態から右手取収入のうち二〇パーセント(月額五万六、三九六円)を職業費とみるのが相当であるから、結局相手方の収入のうち家族の生活費に当てられる部分は、右手取収入から職業費を差引いた二二万五、五八四円である。相手方は右俸給のほかに、上記期間中越年手当として四四万九四六円(所得税四万四、〇九〇円を含む)。期末手当として五〇万九、八〇七円(所得税二万五、三〇九円を含む)を得ている。しかしながら相手方程度の月収がある場合、それで毎月の家族の生活費をまかなうに充分であるから、右手取収入は家族の将来の生活設計のための資金としての備蓄費及び家族の不慮の出費に対する予備費として相手方において管理し、婚姻解消の際に清算すべきものと考える。

(2)  申立人の収入について

申立人は、前決定後の昭和四八年一二月一七日から、昭和四九年二月一六日迄の間及び昭和五〇年三月一七日から同年六月一六日までの間○○電話局の臨時雇として働き、右五ヶ月間に合計八万九、三〇〇円(月平均一万七、八六〇円)の収入を得た(右収入は、臨時的なものでかつ後記のとおり増額の始期を昭和五一年一〇月としたので本件分担額の算定については考慮する必要はないと考える)がその後は稼動しておらず無職である。相手方は申立人が教員、美容師、電話交換手等の免許を持ち、働く能力があるのでこれを分担額の算定に当つて考慮すべきであると主張する。しかしながら夫に相手方程度の収入があれば、妻は家庭の主婦として家事に専念するのが通常であり、申立人も相手方と同居中は家庭の主婦として家事に専念し、働きに出ていなかつたことや、申立人は現在幼稚園と小学一年生の子を養育していること等考えれば、現在の段階では申立人の稼働能力を分担額の算定について、現実の収入として評価するのは相当でない。

(3)  家賃収入について

相手方は昭和四五年一二月ごろ、他から借用した一〇〇万円と申立人が生活費から捻出した金員及び申立人の婚姻前の貯金等を資金として、申立人の妹福村美鈴と持分平等で、熊本市○○町所在の土地一二〇坪および同地上建物二棟(内一棟は棟割二軒長屋)を買受け、所有しているが、その管理は申立人に委ね、申立人において他に賃貸し、その収入を生活費に当てている。該貸家の借家人は時々異動があり、昭和四七年一二月以降前決定当時までは三軒のうち一軒しか借り手がなく、その家賃は月九、五〇〇円で、そのうち持分二分の一に応じた取得分四、二五〇円を申立人が生活費に当てていた。しかし前決定のころから、借家人の異動も比較的少なくなり、昭和五一年一〇月から昭和五二年七月までの一〇ヶ月間に二五万円の家賃収入があげられるようになり、その二分の一である一二万五、〇〇〇円(月平均一万二、五〇〇円)が申立人側の生活費に当てられた。相手方は右家賃収入金額を相手方の分担金から差引くべきだと主張し、前決定で定められた毎月五万九、九八〇円の分担金についても、右のことを理由にして五万円しか履行しない。しかしながら右家賃収入はその金額が三軒とも借り手がある場合でも一万六、〇〇〇円にすぎず、後に算定する申立人側の生活費の一割程度のものであることや、申立人側の家族構成等から考えて、申立人側の日常の生活費以外の不慮の出費(子らの病気等)のための予備費として、家賃収入の多寡にかかわらず申立人において管理すべきものと解するのが相当である。

(4)  前決定が採用した算定方式について、

前決定は、当時相手方が休職中で無収入であつたが、復職を希望すれば、何時でも休職前の待遇(月手取一六万八八四円)で復職し得ることになつているとして、相手方の分担能力を肯定し、その分担額の算定については申立人側の当時の生活保護認定基準額(二万一、四一〇円)の三倍である六万四、二三〇円を標準家計費であるとし、これから前記申立人管理にかかる家賃収入四、二五〇円を控除した五万九、九八〇円を相手方が毎月負担すべき分担額としている。

ところで婚姻費用の分担額は当事者双方の収入のうち生活費に当てるべき費用を双方の必要生活費の比率で按分して決定するのが最も公平で且つ夫婦および未成熟子間の生活保持義務の趣旨にかなうものと解されるから、前決定が採用した算定方式は、相手方が復職し、その実収入が確定できる状況になり、しかも予想された収入よりかなり高額の収入を得られるようになつた現時点では、実情に適しないものといえる。

(5)  分担額の算定

そこで当裁判所は、相手方の収入のうち家族の毎月の生活費に当てられる費用、すなわち(1)で認定した二二万五、五八四円を、申立人側と相手方の生活保護基準認定額の比率で按分して試算することとする。そうすると、

(双方の生活保護認定基準額)

熊本市における申立人および二児と相手方について生活保護基準月額(昭和五二年九月一日改定)を算出すると

申立人と二児の分

第1類                   第2類

申立人女(20歳~40歳)1万7,410円 基準(3人)1万6,440円

長女(6歳~8歳)  1万5,230円 冬期(11月~3月)加算1,660円の

長男(3歳~5歳)  1万2,830円 12ヶ月按分額692円(1,660×5/12)

以上合計6万2,602円

相手方の分

第1類                   第2類

相手方男(20歳~40歳) 2万580円 基準(1人)1万2,800円

冬期(11月~3月)加算1,080円の

12ヶ月按分額450円(1,080×5/12)

以上合計3万3,880円

(上記認定額の比率)

申立人側

62,602/(62,602+33,830)×100 ≒ 65  65パーセント

相手方

33,830/(62,602+33,830)×100 ≒ 35  35パーセント

(双方の按分額)

申立人側

22万5,584円×65/100 ≒ 14万6,630円

相手方

22万5,584円×35/100 ≒ 7万8,954円

となる。

(6) 結論

右試算したところによると結局相手方は申立人に対し毎月一四万六、六三〇円を分担すべきこととなり右結論を左右するに足る資料は存在しない。なお前決定で定められた相手方の分担額五万九、九八〇円を右の一四万六、六三〇円に増額すべき始期は本件申立の時である昭和五一年一〇月五日と解するのが相当である。

よつて前決定の主文中、一審相手方(本件相手方)は一審申立人(本件申立人)に対し「昭和四八年八月から婚姻解消に至るまで月額金五万九、九八〇円を各月末までにそれぞれ支払え」とある部分を「昭和四八年八月から昭和五一年一〇月四日まで月額金五万九、九八〇円を、昭和五一年一〇月五日から婚姻解消に至るまで月額一四万六、六三〇円を各月末までに(但し期限の到来した分については、前決定に基き履行済の分がある時はこれを差し引いた残額を即時に)、それぞれ支払え」と変更する。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 赤塚健)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例